Life Report<ちょっとしたこと>
たぶん去年書いたと思われる文章が出てきました。捨てようかと思ったけど、ちょっと面白かったのでアップしておきます。 *** ちょうど今から1年くらい前のはなし どうして今さらそんな昔の話を、と思うかもしれないけど、今書きたくなったのだからしようがない。僕の中でようやく消化できたと判断したのだろうか。風化することもなくずっと僕の頭の中に横たわっていた丸太のような記憶だった。どこに行くにもそこを通らなくてはいけない、だけど通るたびに足を引っ掛ける、そんな、丸太。 沖縄に引っ越してきてしばらくしてからのこと 友達の誘いでなんとなく船の旅に参加することになった。船の旅といってもけっして優雅なものではなく、帆船に乗って沖縄から横浜まで行こうというかなりハードなやつ。僕は大学の部活でヨットに乗っていたのだけど、そこでの体験があまりに濃すぎたために帆船という響きにすこし敬遠していた。だけど仕事もしていなかった僕に誘いを断る理由も特に見当たらなかった。 船は海星という名の帆船で、これまで何度も外洋航海を成功させていた。参加したクルーは20人くらいで国籍も年齢も様々。ほとんどのクルーに共通して言えるのは、海を知らない、ということ。船長と数人のスタッフを除いては誰もが初めての航海だった。そんなクルーが3チームに分かれて24時間船を操縦する。 細かいことを書きすぎるときりがないので今回は僕が今になって書きたくなった部分のみにとどめたい。 その航海中、船に台風が直撃した。すこしおかしな表現だけど、それが実際に一番近いと思う。はるか南の海上で発生した台風が徐々に成長しながら海星の進路をなぞるように僕達を追いかけてきたのだ。 2人いた船長の意見が分かれたのは、このままでは確実に直撃される、とわかった日の夜だった。一人は安全を優先し近くの港への寄港を提案した。もう一人はエンジンを使い速度を上げて横浜へ向かうことを提案した。海を知らないクルー達は不安よりも未知への興味を優先していた。ほぼ全員が横浜行きを希望した。船は大勢を尊重し、そのまま横浜へ向かった。 しかし案の定、船は和歌山沖で台風に追いつかれた 船は木の葉のようだった。波は視界をふさぐ高さの水の壁に成長していた。クルーはデッキの柱にロープで自分の体を縛り付けた。周りに船はない、もちろん陸もない、星もないので少しの光も見えない。船内は洗濯機の中みたいな状況になっていた。とても休んでいられない。クルーの一人がノイローゼになって叫んでいた。 もしかしたら そう思った。人は意外とあっけないきっかけで死んでしまうものなのかもしれない。どこまでが日常で、どこからが死の世界なのか、その境界というのはこうも曖昧なものなのか。車を運転しているうちに知らずに県境を越えてしまうみたいなものなのかもしれない。日常の中に死の領域は確実に存在するのだ。それを踏まずに生き続けることの方が奇跡のようなものなのかもしれない。 *** 台風は船を追い抜いて、僕たちは横浜に着いた。 この体験をきっかけに、何かが僕の中で大きく変わった。もしかしたら明日、僕は死への境界線を意図せずまたいでしまい、あっけなく死ぬかもしれない。そのときにおそらくたくさんあるだろう「やり残したこと」を一つでも減らしておきたいと思った。生きてるうちに、精一杯生きておこうと。 相変わらず夜な夜なビール飲んだり無理やり早起きしてサーフィンしたりししてますが、これも精一杯やってることの一つというわけなのです。 |